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プロフィール

Author:ファイトほんま(介護支援所ファイト@東京・中野区)
介護福祉士。介護支援専門員。兵庫県出身。広島大学 総合科学部 卒業。

特別養護老人ホーム、デイサービス等の介護職、在宅介護支援センター、社会福祉協議会などを経て介護支援専門員になる。

東京都中野区に単独型の居宅介護支援所「介護支援所ファイト」を設立。

著書「教科書が教えてくれないケアマネ業務」(雲母書房)。
ユーキャンの介護支援専門員スキルアップ講座講師、ダスキン介護情報誌「Re:介護」連載中。

その他、介護支援専門員向けの研修講師、執筆など。

中野区介護支援専門員部会 副会長。

趣味は読書とマラソンと落語鑑賞。特技は浜田省吾の似てないモノマネ(お笑い系)。

妻子と4人家族。学童父母会会長、消防団員など地域活動にも積極的に参加中。

ホームページ
http://www.geocities.jp/fight001honma/

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2009/11/10 (Tue) 21:23
誤嚥性 肺炎(ごえんせい はいえん)ってなに?


若い人の場合は、少しお茶が肺の方へ入りそうになっても、直ぐにゴホっと咳が出てきます。食べ物は誰かにいわれなくとも、きちんとゴクリと飲み込めます。


goen1.jpg


それが、介護が必要となり自分で食べることも難しくなってこられたりすると、その「ちゃんと飲み込んだり、飲み間違いを咳で押し出す」反射ができなくなってくるそうです。

味噌汁などが肺の方へ入っても咳が出なかったり、きちんと食道の方へ飲み込めくなるそうです。

すると、どうなるでしょうか? 当然、気道や肺の方へそういったものが行くということになります。

 更に、そのように自分でお食事を取るのが難しい方の場合、普段から食べ物を噛んで唾液を沢山、分泌したり食後の歯磨きなどをきちんとできなくなります。その結果、口の中にかなり細菌が繁殖します。

 すると、口の中の細菌まじりの唾液などが誤って肺の方へ行き、肺炎となってしまう。おおざっぱには、そういう事情で重い介護の必要な方の場合、この誤嚥性肺炎がとても多くなります。

 症状としては、普通の肺炎と変わりませんが、高齢者の場合は特に目立った症状が出ない場合もあります。

goen2.jpg


 これはある意味、老化に伴う身体機能の低下によるものですから、完璧に防ぐことは難しいと思います。ただ、介護施設などで、少しでもそれを防ぐために、さまざまな介護技術を取り入れています。以下をご参照ください。

1:飲み込間違いをしないように、しっかりと目覚めた状態、意識のはっきりした状態で食事、水分などを摂る

2:飲み込みなどがスムーズに行くための唾がよく出たり、きちんと飲みこめるように食べる前に口のマッサージや体操をする

3:イスなどに座って、きちんと上半身を起こした姿勢で食べる

4:むせ込みやすい水分などにはトロミをつける

5:食後は口の中に食べカスなどがないよううがいなどをする

6:食後、1、2時間は上半身を起しておく

などが代表的なものです。

もちろん、これらをご家族が毎日、行うことは大変だと思います。

誰も「老い」には勝てませんから、それをシャットダウンすることは不可能です。

ただ、ある日、突然、何の脈絡もなく医師から「誤嚥性肺炎です」と言われるかもしれません。そのことは頭の隅に置いておいてください。

浴槽またぎを楽にするバスボードのご紹介
(一枚の板が浴槽またぎを安全に)

浴槽をまたぐのは、高齢者にとってはとても、怖く危険な動作です。そこで、浴槽の縁に渡す専用の板=バスボードを使うことで浴槽またぎがスムーズになる場合があります。バスボードは介護保険適用ですので、2万円程度のものが、その1割の負担で購入可能です。

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ご家族手作りのバスボード立て
(部品は近所の島忠で買ってきました、とのこと。)
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2009/10/19 (Mon) 13:08
ショートステイを上手に使うツボ


介護なんでも文化祭用アニメーション。

「ショートステイを上手に使うツボ」

完成しました。
約10分くらいの作品です。

・家族会主催者
・実際に施設運営されている苑長
・介護職(演劇経験者)
・月刊ケアマネジメント編集部

など、さまざまな方のご協力により完成しました。

ご高覧ください!


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2009/09/28 (Mon) 22:24
仕事中は、気が立っているので、ふと、身近な自然と見て現実逃避します

09280001.jpg

この花の名前はなんでしょう?
鈴のような花が鈴なりに咲いていました。

仕事中は、気が立っているので、ふと、身近な自然と見て現実逃避します。


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2009/09/26 (Sat) 11:08
ニュースレター(詳細な案内チラシ)できましたよ!

10月24日の介護なんでも文化祭!
ニュースレター(詳細な案内チラシ)できましたよ!すごいイベントですよ!
ぜひ、ご来場ください!
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2009/09/16 (Wed) 12:45
白い彼岸花

訪問中。
白い彼岸花を発見。
白色があるって、初めて知りました。


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2009/09/12 (Sat) 12:31
市民発! 介護なんでも文化祭

 今年も、ついにやってきました。
 「市民発! 介護なんでも文化祭」。
 今年は、去年以上に、すごいことになってます。
 
 メインは介護者、ご家族向けのイベントですが、介護従事者の方でも十分、楽しめると思いますよ。

 本間も、まる一日、どこかで張り付いて、いろんなお手伝いやら、参加やら、あれこれしています。
 ご都合着く方は、みなさん、是非、ご来場ください♪
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2009/09/11 (Fri) 17:48
寡黙な介護をされるご主人の饒舌な花

寡黙な介護をされるご主人の饒舌な花。

9月になり、コスモスにかわりました。


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2009/09/09 (Wed) 08:12
認知症介護のコツ

 要介護の方というのは、ご高齢になられてもいざという時に、案外、力が残っていたりされます。よくあるのは

1)手すりなどにつかまった手を介助者が放そうとすればする程、強く握って離さない
2)抱き起そうとすると、凄い力で介助者に抱きついて離さない


 と、いうのがあります。普段、ボーっとしているので何気なく、介護者がご本人を動かそうとした途端、思わぬ抵抗に合う。どこに、そんな力が残っていたのかと思うほど、強い力でつかんだものを離さなかったりする。普段、そうは見えない方に限ってよくある事のような気がします。

 どんなに要介護状態が進んでも、本能的な恐怖心や感覚はかなり最後まで残ります。乳児が反射的にモノをつかむようになる本能。それは、古来、樹上生活をしていた時代の猿の記憶が私達の中に潜んでいるからなのかもしれません。

 そして、そういう思わぬ抵抗は介護者側が「テキパキとオムツ交換をしたい」ときに限って現れたりします。介護者がさっさと場所を移動したいときに限って、何かにつかまって手を離さなかったりされます。介護者が焦ったり、急いで介護をしようとすればする程、される側にとっては訳が分からず身の危険を感じるから、本能的に何かにつかまったり、抵抗されるのではないかと思います。

 そこで、90代のお母様の世話をされているKさん(息子さん)の知恵。
 「急いで介助しようとすると、よけいに抵抗したり、モノをつかんだまま手放さないんですよね。で、最近は、ゆっくり(介助を)やる方がよく動いてくれることがわかったきました。もちろん、本人のペースに合わせなければならないから、最初はイライラしました。忍耐がいりますよね。でも、最終的には、そっちの方が早く済むことが分かってきたんです」とのこと。

 この場合、Kさんが男性ということもポイントかもしれません。というのも、男性の場合、力があるがゆえに、ササッと腕力で相手を抱き抱えたり、支えて動かしてしまう方が手っ取り早いと考える傾向があります。

 しかし、介護されるご本人にとっては、(自分が介護されているという意識すらない場合がありますから)不意に介護されることへの恐怖心から全身で抵抗したり、反射的にモノをつかんだりされるのではないかと考えます。

 「トイレに立たせるときも、(足腰が弱ってきているので)以前は立たせたままパンツなどを取り換えている最中に、足が(体重を支えることに耐えきれず)『カクン!』と膝が折れて苦労したんです。でも、焦って急いでパンツを取り換えるより、最近はしばらく立たせておく方がいいことが分かってきました。しばらく足がなじむまで立たせておく方がいいようです」とのこと。

 これらは介護施設等でもプロの介護職も使っている介護の技です。ですが、人間、必要に迫られなければ中々、新しい知識、技術も習得できません。介護サービスを利用されているご家族は、どんどん、そういう介護技術の相談も介護スタッフ等にしてみてください。もちろん、介護支援専門員にでもかまいません。みな、自分達の知識や技術、工夫が人様のお役に立つことをとても喜ばれる職種です。

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想い出のカンナ 

昭和17年

作詞作曲 東辰三(1900-1952)
歌手 灰田勝彦

一、カンナ カンナ 想い出の花 
  戦さの庭の 丘に充ち
  血潮か炎か 赤き花    
  今は病舎の 丘に咲く
  想い出の花 カンナよ

二、カンナ カンナ 想い出の花
  強き光を 身に浴びて
白き戎衣に 松葉杖
  君を尋ねて 庭を行く
  懐しの花 カンナよ

三、カンナ カンナ 想い出の花
  空は青空 海原か
  雲は浮雲 砲煙か
  ひとり前線 また偲ぶ
想い出の花 カンナよ

●「懐かしの歌」シリーズです。戦時中に聞き覚えで習ったとFさん。初めて聞いたタイトルだったので、調べてみました。
見れば昭和17年ということで終戦前。戦局が悪化しはじめた頃でしょうか。
カンナとは花の名前で、おそらく恋人に例えた歌なのかもしれません。。。


 ★ご家族の知恵紹介
〜食事時の食べこぼし対策〜


koukokumini.jpg

広告・チラシは大活躍です。
 食事時以外にも、おむつ交換時の汚れ防止など、洗濯せずとも「元祖使い捨て」グッズですね
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2009/09/01 (Tue) 22:40
「かいごのみかた」×ファイトほんま

株式会社アールスリーヘルスケア(リクルート×三井物産株式会社)の運営される「かいごのみかた」という介護者支援サイトがあります。

そこの情報誌編集にご協力させていただきました。kaigonomikata2.jpg

テカテカした顔が載ってます。

kaigonomikata.jpg
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2009/08/25 (Tue) 12:04
ファイト!ホンマの介護ノート

先日、ここでお伝えしました、一般紙向けのコラム。
始まりました。

タイトルは「ファイト!ホンマの介護ノート」。

一般市民の方向けに、介護に関するさまざま視点、切り口から分かりやすく、コラムを書いています。

まずは、茨城県の常陽新聞で掲載始まっています。

これから、順次、各地の地方新聞で掲載されると思います。

お近くにありましたら、お読みください!


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2009/08/19 (Wed) 22:11
ベッド利用と生活の質


これまで年間に50〜100件近く、さまざまなご家庭を訪問させていただいていました。

 家もどんどん洋風化が進み、テーブルとイスの家も多いですが、高齢者の方のお家では、まだまだ畳に布団、座布団という家も少なくありません。

 旅館などがそうであるように、畳というモノは本当に人の心を落ち着かせてくれる力が強いと感じます。

 一方で、加齢によって足腰が弱ったり、脚力が落ちると畳や床面から立ち上がることが難しくなられる方も少なくありません。

 夜間など布団から立ち上がるのに手間取ってトイレに間に合わなかったり、間に合うように急いで、布団に足を取られて転んで骨折ということもありがちな家庭内の事故です。

(高齢者の転倒事故は、屋外よりも室内の方が多いというデータもあるほど)

 では、ベッドにすればいいのかというと、これまた悩ましい問題があります。

 というのも、なんといってもベッドは場所を取ります。四畳半から6畳間などでは、ベッドを置くと、それだけで部屋の半分以上を占拠しますし、いつでも布団があるので、ついつい、ベッド上で過ごす時間が長くなります。

 そうなると、一日中、パジャマのままで過ごしたり、ベッド上で食事を食べることで、食事時とそれ以外の時間帯のめりはりがつかず、生活がだらけてしまうパターンに簡単に陥ります。

 そして、そうなると生活全般、頭も体も、ますます病人っぽくなり、なかなか生活習慣をよい方向へ転換できません。

 そこで「転倒防止」を取るか、「生活習慣の改善や自立支援」を取るか、というような選択肢が出てきます。
 
 そして、この場合、やはり「布団から立ち上がりが難しいから、ベッドを導入する」という方が多いです。

 しかし、ベッドを導入し、立ち上がりがしやくなることで、返って転びやすくなる方もいらっしゃいます。

本当に足腰が弱い人は、わざわざ、立ってトイレまで行かずとも、四つばいで這ってトイレへ行く方が、夜間などは返って安全だからです。

 ちなみに、図は、ベッドを導入する前に、脚力などが落ちた場合の、床面からの立ちあがり方法の一例です。

 図のように、低めの台やイスなどがを利用し、それを支えに立ちあがります。このような動作で転ぶ危険性がなく、布団での生活が継続できれば、「いかにも病人」っぽい生活になることを少しでも防げます。

ベッドと布団、どちらにも長所、短所があります。合う方と合わない方がいらっしゃいます。それは一人ひとりの体の状況、気持ち、住まいなどがからむことですので、100%の正解はありません。

 ただ、昨今はややもすれば安易なベッドの導入により、返って「生活の質」を
低下されてしまう方もいらっしゃるために、あえて別の角度からの意見を書いてみました。

※脳梗塞などで体の半身が麻痺されたような方は、また、異なる立ちあがり方があります。
tatiagari2.jpg
 
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2009/07/10 (Fri) 17:06
人生と時代



『配食体験報告』

 配達食事サービスをご存じの方も多いと思います。よく「配食(ハイショク)」などと略して言われたりもします。

 この試食などをときどきする機会があります。今回は1020円を自腹で負担し、夕食のお弁当に挑戦してみました。値段は平均的なものよりは、やや高めです。
はいしょく

 内容は以下の通りです
・ごはん…普通においしく食べられました
・味噌汁…具は多くはなく、やや物足りない感じ
・揚げだし豆腐…豆腐、アンなど含め、平均的な味でおいしい
・青菜とチリメンジャコのおひたし…ダシしょうゆによる味付けの平均的な味でおいしい
・にゅうめん、野菜の炒め物?…味はオイスターソースなどでしょうか? これも平均的な味でおいしい
・パイナップル…缶詰品で小さい

 と、どれも味も濃すぎず、薄すぎず、ダシの風味もありおいしく食べられました。ただ、ご高齢になられると味覚も低下し、濃い目の味付けが好きになられる方が多くいらっしゃいます。そういった方からしてみれば「味がうすい」となる可能性もなきにしもあらず、という感想を抱きました。
 ちなみに、1回だけのおためしなどもでき、糖尿病食、減塩食、ミキサー食など介護食にも対応しているとのことです。器はプラスチック素材のモノなどが多いです。その点、陶器のなどに移し変えれば気持ち的にはしっくり来るかもしれませんね。
 また、どんなにレパートリーがある会社といえど、やはり外食ですから味がワンパターン化してしまったり、飽きが来てしまうのはありがちなこと。
 その点、現在、会社は沢山、出てきてますので2、3社を数か月周期で回すことも選択肢としてはあり、なのかなと思いました。



「ご家族のカー雑誌登場」


 介護されるご家族においては、ご自分の時間を持たれることが、ことのほか大事だということは何度も、こちらお伝えしているところです。

 そんな中、先日は当事業所担当のご家族が趣味の自動車で、雑誌に掲載されたとのこと。
kuruma

 カラーで4,5ページにも渡り自動車とご家族のエピソードが紹介されており、普段、なかなか、知りえないお話もうかがわせていただきました。



「人生と時代」

 こちらは、かつて青春時代に戦争に行かれたYさんの自伝。ご自分の苦労を後生に伝えることができればと、ワープロを自分で操作できるよう励まれたそうです。
 お貸しいただけるということで読ませていただきましたが、非常に感じ入るものがありました。
 いえ、衝撃だったといっても過言ではありません。
戦記moza

 なぜなら、その文面が「事実のみを淡々と書き綴ったもの」だったからです。書き手であるYさんの内面や感情、気持ちなどが一切、書かれていなかったからです。

 それは、非常に読みづらく、読み物としては退屈な記述でした。
 それは、読みものとしては、あまりに事務的な記述で、ストーリー性も、感情の抑揚もありませんでした。

 そして、それこそ、まさに、その文書全体の「背景」を物語っているように思われました。

 普通、私たちが作文などを書く場合には、自分が感じたことや考えたことなどを書くものです。それこそが、作文の作文たるゆえんともいえます。

しかし、この文章には一切、そういう私的感情などが書かれていませんでした。当初、それが読みずらかったのです。

 でも、その後、「なぜ、感情などが一切、書かれていないのだろう」と考えてみました。そして、推測してみたのです。

 もしかしたら「あまりに、非日常的な境遇にいたので、自分の感情を押し殺して生きていくしかない時代だったのではないか」。

 何十年経った今も、当時の感情を封印しており、それを書くことは不可能なのではないか。

 人は文書を書くと、ある種の浄化作用により「書いてスッキリした」という感覚を持つ。

 でも、この文書の場合、決して、「書いてスッキリした」という感慨は得られなかったのではないか、と。。。

 そして、そのような執筆の背景にこそ、この時代の持った大きな問題が存在するのではないか、と。

しみじみ、感情を自由に出して文章が書ける現代。

多くの犠牲の上にある、今日の平和。

その平和の幸せを実感しました。
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2009/07/08 (Wed) 18:36
今度、一般の新聞でご家族向けに介護関連のコラムを書かせていただくことになりました

 今度、一般の新聞で、ご家族向けに介護関連のコラムを書かせていただくことになりました。

 これまでは業界の専門家向けに書いたり、喋ったりすることが多かったのですが、今度は一般市民の方向けです。

 これは、長年の希望でしたので、とても嬉しいです。

 というのも、介護保険にせよ、家庭介護にせよ、みなで「よくしていこう」と思わなければうまくいきません。

 市民だけが考えていてもダメですし、
 専門家だけが考えていてもダメですし、
 行政だけが考えていてもダメ。

 この国、この社会の問題ですから、この国と社会に住む方々が同じ地平線に立ち、考えなければ話しがかみ合いません。

 その意味で、これまでずっと、一般市民の方向けに、介護の情報を発信したかったのです。
 
 おそらく、本格的な夏頃から開始となると思います。

 お手元に届きましたら、ご高覧ください。
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2009/06/02 (Tue) 18:00
「介護」という仮面を脱いで

syoubou



先日は、中野区の消防団の大会がありました。その中で自分は選手としてポンプを扱う立場にありました。
 このために、今月は毎週、夜中に2、3回練習があったのです。ですから、とても、とても過酷な一ヶ月でした。
 そして、大会の当日。なんと、チームは団体で3位。私自身は、個人賞として金メダルまでもらってしまったのです!自分でも、今までの練習の中で一番、ミスが少なく、流れもスムーズにできました。案外、上がらずに冷静な自分でやれたことが一番の原因だったと思ってます。

 なぜ、こんなことを書くのかといいますと、介護支援専門員(ケアマネ)でない自分の姿があるんだということを提示してみたいと考えたからです。というのも、普段、私自身は介護支援専門員という仕事をしていますから、その立場での活動や発言が多い。関係者からもそのような目でばかり見られます。でも、一皮向けば、私自身も一市民であり、介護支援専門員以外の顔があります。そういう「別の顔」の意味を考えたくて、あえて今回は、こんなことを書いてます。


 そして、そのように人の一面しか見ないのは私達にもあります。普段、介護をされているご家族に対してです。「○○さんの介護をされている○○さん」とか介護者「○○さん」というように、あたかも、その方が「介護」という一面しか持っていないかのように私達は介護者の方々に接する傾向があります。



 これは、もちろん、私達の仕事だけに限りません。子どもの保育園の先生は親のことを「○○パパさん」「○○ママさん」と呼びます。そこにあるのは「親業」をしている人格しかありません。子どもと同じようにだらしなかったり、甘えん坊な側面を親も持っているのですが、そういう側面を「○○パパさん」「○○ママさん」という呼び方は消してしまう力を持っています。こちらも「先生」と呼び、その先生に、先生以外の「別の顔」があることを意識しません。


 そこには、それぞれの「役」があります。お互いに役を演じることで、互いの領域を犯しませんから、その役割の中で演技ができている間は両者の関係は安定します。お互いに安心してつきあえます。


 でも、ときに、人は、そういう役を演じることが困難になるときがあります。親が「親」の役割を遂行するときが難しいときがあります。子どもが「子」の役割を遂行することが難しいときがあります。
 それは、家庭の危機であるかもしれません。家庭崩壊などはそのような役割が壊れるときに訪れるのではないかと考えます。
 
 そして、そのような「役割」が比較的、崩れやすいのが「介護者」だと私は思ってます。演じることが難しいのが「介護者」というものではないかと思ってます。なぜなら、「介護者」は、なりたくてなった人が多くないと思うからです。



その点が「親業」と大きくことなります。「親」には、なりたくて子作りをする人もいます。そういう人は、喜んで「親」役を演じていくのではないでしょうか。



 ところが、「介護者」には、なりたくてなった人は、あまりいらっしゃらない。もちろん、「要介護者」になりたくてなられた高齢者もいらっしゃらない。みな健康で自分の時間を持って自由に暮らしたい。要介護状態になって人の手を借りたくない。「介護者」役をしないですむなら、あえてやりたいとは思わない。でも、身内に介護の必要な方がいらっしゃる。だから、やるしかない。


 なかには、「やりたくない」という気持ちの強い方がいらっしゃっても何も不自然なことではありません。「介護者」という役を辞めたい人がいらっしゃっても、珍しいことではありません。「介護者」という仮面を脱ぎたい家族がいらっしゃっても、それは、普通のことかもしれません。
 そんな「役」や仮面をぬぐいたいにも関わらず、無理して仮面をかぶっている方がよほど危険です。介護うつや、介護虐待の危険性はより高まるのではないかと思います。


 だから、介護においては、あえて「介護者○○さん」や「介護職○○さん」「介護支援専門員・本間さん」なんて、役割意識はない方がいいのではないかと思ったりするのです。やりたくもない役を無理して演じなくていいのだと思うのです。「良き介護者」を演じず、仮面を脱いで、本音を出してもいいのではないでしょうか。



 役割なんて、むしろ脱ぎ捨、できることだけやって、できないことは「助けて」といえばいい。でも、そういう当たり前のことが、案外、世間体や自分自身へのこだわりなどから難しい場合もあります。



介護保険制度というものも、介護のごく一部しかお手伝いできない制度ですから、役に立たないとお感じになることもあるかと思います。それでも、「無意味な仮面」を脱ぐための、その気持ちによりそい話耳を傾ける姿勢はいつも持っていたいと思っています。
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